友愛


 友は、宝である。

 人は、成人するにつれて親や兄弟に相談できないような事でも、友達に相談するようになる。友達は、社会への架け橋である。友達の少ない者は、巣立ちがうまくゆかず。社会との付き合いや世渡りが下手である。

 現代青年の多くは、将来の伴侶を友達に紹介してもらう。それは、友達の見立てを一番信用しているからである。同時に、友を自分の一番の理解者だと認めている証拠である。友を裏切ることは、自分を裏切ることである。
 また、社会の習慣よりも仲間の掟を重視する。それは、友との絆が強いことを示している。友愛は、人を一人前の大人にする原動力である。

 友との付き合いは、自分を磨く。どのような友を持つかによって自分の人生は変わる。友とは、それほど強力な影響を及ぼすのである。人間は、友との付き合いの中で、自分の価値観を磨き、仕上げていくのである。

 時に、友との愛は、親と子の愛、男と女の愛をも凌駕する。友愛は、義を重んじる。信を重んじるからである。信と義は、人倫の本、社会生活の基礎である。故に、友との付き合いは、社会人としての第一歩なのである。

 友との関係は、信義の問題である。約束や誓いを必ず守る。それが基本である。情義の問題でもある。友が苦しい時、困難な事にぶつかった時、自分のことを差し置いても助けるそれが友情である。
 友との間で最も嫌がられるのは、嘘である。上っ面だけの、見せかけの関係である。虚飾である。虚栄である。見栄や外聞である。
 友に求められるのは、正直である。飾り気のない素の自分である。友の前に何もかもさらけ出せなければ、本当の絆は生まれない。水臭い関係を友は、嫌うのである。だからこそ、友の裏切りは、致命的になるのである。ダメージが大きいのである。

 友愛は、純情である。あらゆる世俗的な立場、利害、貧富、虚飾から超越したところに友情はある。友情は、純なのである。純で在ればあるほど強くなるのである。
 友情は、忠である。無償の想いである。見返りを求めぬ関係である。だから純なのである。

 最も信頼のおける友とは、何か。それは、自分が万が一の時、自分の子の将来を託せる者だという言葉がある。(論語)

 友は、義兄弟の契りを結ぶことすらある。友との契りは、男と女の仲、親子の縁、時には、自分の命よりも強かった。友との信義は、情愛よりも大切だと考えられたからである。なぜならば、信義は、大義に通じるからである。

 刎頸(ふんけい)の友。(たとえ、その者のために首を切られても悔いない友。あいつのためならば命を捨てても悔いはない。)
 管鮑(かんぽう)の交わり。(どんな時でも自分を見捨てない友。逆境の時にも自分を助けてくれる友。誰も認めてくれなくとも、自分を最後まで理解してくれる友。)
 梨園の誓い。(生まれた場所も時間も違ったとしても、死ぬ場所と時間を共にしようと誓う友。)
 真の友愛とは、かくも強いもののである。強い友愛は、鬼神と雖(いえども)もその契りを裂くことはできない。

 太宰は、「走れメロス」によって友との信義の重さを語った。人間は、この友愛を信じなくなりつつある。それは、信義が廃れたからである。友情を裏切ることは、最も人として恥ずべき行為である。

 お互いの境遇がどのように違ったとしても、友との間は、常に対等である。対等な立場が保てなくなった時、友情はなくなる。故に、友は、忠告できるのである。

 友は、志を伴にする者である。人生意気に感じる。志や価値観を共有するが故に、友との絆は強いのである。利害得失だけで繋がった友は、利害が反したときに別れる。真の友とは、利害得失を越えたところにある。故に、その根本は、友愛なのである。

 友愛は、純粋である。純なるものを愛する。友情は、忠信である。友愛は、忠恕である。友情は、剛直なものである。友への信愛は、堅固・堅牢なものである。友情は麗しいものである。きれいなものである。

 友が悪い道へ進もうとした時、私は、友情を賭して、友を殴る。殴れば、友でなくなるかもしれない。しかし、殴れなければ、既に友ではない。友の行いが間違っていることが明らかならば、私は、それを断固として正す。それが友である。

 信愛は、美である。信愛が結実した者が友愛である。






          


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