プロローグ

 公園の芝生に寝転びながら、三郎は、一体何が始まりだったのだろうと、思い返していた。
 あれは、確か、大学へ入って一年ぐらいたった頃、高校時代の仲間の健太に呼び出されて喫茶店で話したのが発端だった。
 行きつけの喫茶店で、三郎と健太が話してるところを文夫が見つけて、話しかけてきたんだ。

 「なに、こんなところで、のたっくんてんだよ。暇だったら、ちったあ、デートでもしろって言うの。気がきかないたらないぜ。」
 江戸っ子で口の悪い文夫が、いつものごとく悪態をついたら、健太が、少しむっとしたような表情で答えた。
 「気がきくとか、きかないと言うことは、関係ないだろ。デートができるくらいなら、こんな処にたむろってはいないよ。昼から、男同士でいても面白くもないものな。」

 横から、三郎が、文夫に、
 「だってよ。ウチの大学なんて、すごいところに、あるんだぜ。」と言うと、

 「大学と、デートとどういう関係があるんだ。」と文夫がくってかかった。

 「だからさ、すごいところにあるうえに、ウチの大学には、野郎しかいないんだもの。彼女なんて捜しようがないんだよ。」とモジモジしながら、三郎が答える。

 「へぇ。なんだか言い訳みたいだな。ところで、すごいたってどうすごいんだよ。まさか、お化け屋敷というわけじゃないだろ。」文夫が、三郎をからかうように言う。

 「まあな、でも似たようなものさ。
 本当だぜ、ヒューウて砂塵が舞うんだ。まるで西部劇みたいだよ。そうそう、西部劇で枯れ枝の塊みたいのが、転がっていくじゃない。実際、そんなのが目の前をとりすぎていくんだから。」

 三郎は、目の前のコーヒーを一口ぐいと飲む込むと、
 「それから、駅から学校までがすごい。一体、ここはどこの国なんだなんて思うね。別世界だよ。まるで、蟻塚(ありづか)みたいな団地がづっと続いていてさ。その果てにさ、まだ続きかと思ったら、それがウチの大学の校舎ときている。」
 それから、健太の方に向き直って、
 「この間なんかさ。電柱に貼られたポスターになんて書いてあったと思う。痴女に注意だぜ。痴漢じゃなくて、痴女だぜ。そう言いやぁこの間、誰だけクラスの奴、襲われたってよ。これじゃあオチオチ夜道も歩けない。」

 健太が、ふふんと鼻で笑いながら、
 「馬鹿野郎、おまえを襲うような物好きはいないよ。」と三郎に言うと、横合いから文夫が口を入れてきて、
 「そうとはかぎらないよ。最近、ゲテ物を好む奴もいるから。世の中には変わった趣味の奴は、いるからね。」と三郎に言う。

 「なんだと、人を妖怪変化みたいにぬかしやがって。でもさ、地方からきた奴は、騙されたって怒ってたぜ。都会に来たと思ったら、俺の住んでいたところよりずっと田舎だって。」と三郎が文夫にやり返す。

 「ところで彼女できた。」と三郎が健太に突然、聞く。

 「そんな野暮なこと聞くなよ。できるわけないだろ。」渋い顔で健太が答える。

 「大体、まともにね。人と話もできない連中がさ。大学へ入ったとたん、もう一端(いっぱし)に、ナンパ師みたいに見られちゃう。いきなり、それはないて言いたいよ。何、考えているんだろう。あれも駄目、これも駄目と言っていた癖にさ。急に、もう大人でしょだもの。
 受験勉強に追われてて俺達がさ。急に世の中に放り出されたら、どうしたらいいか解らないのが当たり前だろ。
 学校だって、予備校だって彼女の作り方なんて教えてくれないよ。
 どこへ行ったって子供の作り方は教えてくれるけどね。どうやって人を愛したらいいかなんて教えてくれない。
 ハウツウ本ばかりさ。
 子供の作り方教えれば、自分達の責任を果たしていると思っている。だけど、子供作りたくても、肝心の相手がいなければね。相手は誰でも良いというわけではないでしょ。
 でも今更、愛でも恋でもないじゃない。だから、愛とか、恋とかは、誰にも聞けないし、相談もできない。
 そのうえとにかくよ、接点がないじゃない。ウチの大学もさ。女性が少ないじゃない。まるで男子校だよ。それに同級生の女は、話しにくいじゃない。」と健太。

 「何、いってんだよ。同級生じゃなくたって話なんかできない癖に。からっきし、意気地ないんだから。結構、皆、純情なんだな。」と文夫が健太をからかう。

 「うるせいって言うの。お前だってそうじゃないか。人のこと言えないだろう。悔しかったら彼女つれてこいよ。大人はさあ、自分達の都合ばかり押し付けてきて、何も解っちゃいないんだ。肝心な事は何も教えてはくれない癖に。まるで俺達のこと厄介者のように考えている。宇宙人か何かのように思っているんじゃあないの。それとも、SEXのことばかり考えている野獣(けだもの)のようにしか。
 今の俺はさ。とにかく、この世に女という奴がいるのかってくらい。女性と付き合うチャンスないよ。だからって、いきなり、街でナンパしろっていわれてもね。」と健太。

 「おまえにナンパなんかできるわけないだろう。おまえに、そんな度胸あるわけないだろ。目の前にいる相手の顔だってまともに見れやしないのだから。
 大体この間だって、話があるってタツミが言うから奴のところへ行ったら、おまえが病気だって言うじゃないか。
 病気、健太が病気なんか成るわけないだろう。いったい何の病気だって俺が聞いたら。
 恋煩(こいわずらい)いだってぬかすから、思わず噴(ふ)き出して、アホ、言えっていったんだ。
 まともに口もきけない奴が、何で恋煩いなんかになるんだって言ったら。
 野郎。おまえが一年前に、合同コンパやったじゃねえかって奴が言うんだ。
 嗚呼、そういやぁそういうことあったなと答えたよ。そうしたら野郎、あの時、健太が自分の前に座ってた娘(こ)がいるだろ。そんなこと言われても一年前の話じゃあないか覚えちゃいないよ。タツミの奴、健太がその娘が気に入ったって言うじゃあねえか。
 馬鹿野郎って言うんだ。一年も前の話じゃねか。大体、健太は、赤くなって下ばかり見ていて相手の顔すら見てないじゃないかと言ったら。
 見てない見てない、街ですれ違ってもきっとわかりゃしないと言うから、フザケンなと言ったってやったよ。
 そうしたらタツミの野郎、おまえは、なんて人情がない奴だ、昔っから、冷たかったなんていいやがる。だけどよ。そう言われたってどうしようもないじゃないか。」と三郎が、健太を茶化すとブンジが、健太をからかうように、
 「お前は昔っから女心が解らない奴だからな。意気地かないんだよ。意気地が。」という。

 健太が口をとんがらせて、
 「女心もへったくりもないよ。そんなこと言われたって、俺達に、女のことなんか解るはずないだろ。人間、そんなに器用に生きられないよ。
 勉強ばかりさせられてさ。大学へ入ったとたん。まるで、皆、AV男優みたいな事言われてさ。スケベであるかもしれないけど、純情でもあるんだ。人を好きになる前に、エッチを覚えたってしようがないじゃない。やってしまってからでは、許されない事ってあると思うよ。お互いに傷つけあうことしかできなくなったら、おしまいだよ。
 肝心な事は何も教えられていないんだから。でも、知識、情報だけはたっぷりあるぜ。」と少し胸を張って見せた。

 「それってビデオとか、DVDだろ。」とからかう三郎。

 「まあな、でもないよりましだろ。」と健太が言い返した。

 「見るだけで。手もでない癖に。」文夫が健太に言う。

 「何だと。もう一片言ってみろ。」健太が、喧嘩腰に文夫に突っかける。

 三郎が二人の言い合いを無視して、
 「それにさ、皆、敷居が高いって言うの。
 まるで、皆は、キミタクかなにか、みたいなことを求められてもね。そうな上等な奴なんて、そうざらにいるわけないだろ。野暮な奴ばかりさ。だからって、お笑いみたいになれないしな。」と笑いながら言う。

 「何、ゴチャゴチャいってんだよ。ごたくならべる前に、やるべき事をやりゃあいいんだよ。女も知らないくせによ。」そうブンジがせせら笑うように言うと、三郎が、
 「男には、男の責任というがあるじゃないか。ただ、やればいいというのは、無責任すぎるだろ。思いやりがないじゃない。
 口のきき方もわからないのに。愛し方もわからないのに、処女だの童貞だのと言ってもはじまらないよ。おれは、そう言うの嫌いだな。そう言うのって優しくないよ。女を欲望の捌け口としか考えていないじゃあないか。だから、結局、力ずくで何とかしようとするのさ。とにかく相手があるんだよ。人間を人間として扱っていやしないじゃないか。」と言い返す。

 健太も、
 「男としてのプライドがないじゃない。男には、守らなければならない貞節がある。いざとなったら我慢しなければ。やりたいからやるでは、話にならないよ。エッチしなくたって、相手が傷つくわけではないけど、無理矢理やってしまえば、傷つくのは相手だぜ。臆病になるのが当然じゃあないか。」と援護する。

 続けて、三郎が、
 「でも健太の言うとおりかも知れないな。確かに、最近のマスコミは、処女だ、童貞だと言い過ぎるよな。受験勉強中は、受験勉強のことだけ考えろって言っておいて、高校卒業すると、もう大人だろって放り出す。口のきき方や挨拶の仕方も教えないで性教育はないと思うんだけど。それって、人を煽っているだけで肝心な事を教えないって事だろ。後は、興奮して、押し倒すしかないじゃない。
 今は、女を知らないとか、処女だなんて言うと、頭から馬鹿にして、下手すれば、罪人扱いだ。でも経験すればいいってわけじゃないだけう。爺さんの時代は、処女を捨てたなんて言うと肩身が狭かったけど、今は、逆だ、処女だ、童貞だなんて言うと肩身が狭い。それにしても、どちもよかあないよ。だって相手のある話だから。先ず、好きにもならないうちから、やったかやらないかなんておかしいよ。全然優しくないもの。相手は、生身の人間なんだぜ。
 童貞は、恥だ。処女は、恥だなんて言うから、皆、童貞のままでいるんだぜ。俺は、遊んでいる奴も増えたと思うけど、童貞も増えたと思うぜ。遊んでいる奴は、いいよ。堂々としていられるから、でも童貞はね。誰にも相談できずに、うじうじとますます暗くなっちゃう。だけど、そんなことどうだって良いじゃないか。もっと、楽しもうよ。青春を、大切なのは、相手だよ。違うか。
 カッコつけてフリーセックス、フリーセックスなんて流行らしたけど、フリーというのは、相手の感情なんてどうでも良いという事なのかね。自分がやりたいだけじゃない。
 心がないんだよ。心が・・・。」と言うと、
 唐突に、文夫が、「チェ、何、言ってやんで。しけた顔するなよ。それよか、コンパやろう。コンパ。」と皆に切り出す。

 「コンパねえ。コンパやろうって、お前、どこか心当たりあるのか。」と健太。

 「ない。まったくない。全然ない。からっきしない。自信を持ってない。」と文夫が胸を張る。

 「解った。解った。そんな威張ることはないだろう。そんなことに自信、持ったってしょうがないって言うの。困ったな。健太は、どう。」三郎が、健太に・・・。

 「どうったって、なんたって、女けっないもの。まったく、メス猫一匹近寄らない。」と健太。

 「馬鹿野郎そんなことは、全然自慢にならないの。どいつも、こいつも、しようがないねえ。しかたない。タツミに聞いてみるか。」三郎が困ったように言う。

 「あいつは駄目。全然駄目。第一、あいつはくらい。あいつは、入ってくるだけで、部屋全体が暗くなるもの。女なんて近寄りようがない。近寄るにしても、化けてでるくらいだ。」と文夫。

 「一体全体どうなってるんだ。世の中、春だって言うのによ。ここは、まるで真冬だぜ。真冬どころか。氷河期だ。ウー、サブ。」と三郎が首をすくめる。

 「そう言う三郎はどうなんだ。いつだって、お前は、口先ばっかりなんだから。良いこと言ったってやったためしないんだから。意気地がないんだよ。」と文夫。

 「言ったな。覚えてろよ。」と三郎。

 てな具合で始まったんだ。それから、まるでお祭り騒ぎだったよな。


 はじまりなんて、そんなもの。たわいのないところから始まるものさ。
 まるでこの世の中は、何もかも出来上がっていて。
 自分だけが、何もできないなんて思い込んではいないだろうか。
 最初から、上手くできる人なんていやしない。
 誰もが、美男子でも、美人でもない。
 むしろ、誰もがどこかしら醜いところや、人に言えないことの一つや二つあるもの。
 格好いい事なんて、なかなかできやしない。そこのところを間違わないように。
 口のきき方も知らないし、口説き方も知らない。
 だいたい、誰も、彼女の作り方なんて教えてくれない。
 教科書にもない。テレビやビデオは、愛なんて生っちょろいことはやってない。
 テレビやビデオにあるのは、シンデレラのような夢のような話か。
 殺伐とした犯罪でしかない。
 だから、夢みる夢子さんか、強姦魔みたいな人間しかでてこない。
 生身の人間がいない。
 恋には、手順がある。手続がある。
 それは、人と人との間にある、最低限の思いやり、礼儀。
 でも、今は、それすら否定してしまった。
 だから、手間暇(てまひま)省いていきなり押し倒すか。金を出すかしかない。
 恋を楽しむ、ゆとりすらない。
 愛と欲望の見分けもつかない。
 高校出たての頃は、恋の仕方なんて誰も知らないんだよ。
 そのくせ、皆、狡い。自分だけは、何でも知っているような振りをする。
 結局、誰にも肝心な事は聞けずに、気がついた時は、手遅れである。
 苦し紛れに、自分のことは棚に上げておいて、人のことを悪し様に言う。
 でもね、皆、口で言う程じゃあない。大概は、最初は、うまくいかないものさ。
 ただ、そこで臆病になってはいけないんだ。
 傷つきたくないのならば、確かに、人を愛することはない。
 愛別離苦とお釈迦様も言っている。
 でも、傷つくことを怖れていては、楽しみを得ることもできない。

 恋せよ。恋をしよう。
 いいさ。いいさ。
 傷つきなさい。傷ついて強くなればいい。
 人を愛して、はじめて、人生の醍醐味を知る事ができる。
 だから、恋をしよう。





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