プロローグ


 コンパが終わってから一週間ばかりがたったある日、三郎が教室に入り、一人で席に座っているとヒロミが、隣の席に座ってきて、三郎の顔をのぞき込むとニヤリと怪しい笑いをした。 三郎は、気色悪そうな顔をして、「なんだ。」と聞いた。
 すると、ヒロミは、「やったんだって。」と聞き返してきた。
 「だから、何だ。」と三郎は、繰り返した。
 「冷たいな、だからサー、コンパだよ。コンパ。やったんだって。」とまた聞いた。
 「おまえ、誰に聞いたんだ。」と三郎。
 「クラス中の皆、もう知っているよ。それより、あれから、コンパに行った連中、何度もデートしているらしいぜ。」とヒロミが言う。
 それを聞いて、三郎は、吃驚(びっくり)して「エー、俺は何も聞いてないぜ。汚いな。こっちには何も声もかけないで。」
 「何だ、知らなかったのか。まあ、そんなものよ。お前も人が良いな。どうせ、なんか揉(も)め事があったら、相談にくるさ。それよか、おれもやりたい。」とヒロミ。
 「何を。」ギョッとしたような顔をして、三郎。
 「わかってるじゃあないか。コンパだよ。コンパ。俺も一枚乗せろよ。」とヒロミ。

 三郎には、誤算があった。第一の誤算は、終わったと思ったことだ。後がないと思ったことだ。ところが、どっこい、はじまりだったのである。
 それから、クラスの連中が、これほど、女に飢えているとは、思いも寄らなかった事である。そして、女に対して、男というものが、これほど、情熱的で、獰猛になるとは知らなかった事。また、女の前で、これほど変わるとも思わなかった事である。中でも最大の誤算は、仲間達が、女の前で、こんなに信用のおけない連中に変身するとは思いもよらなかった事である。友情なんて、かくも脆い物なのか。将に、仁義なき戦いの始まりである。

 その日の昼休み、三郎が、食堂で食事をしているところに石井が来た。
 石井が、ニタニタしながら、三郎に話しかけてきた。
 「やったんだって。」
 三郎は、この手の質問に辟易(へきえき)していた。それでつっけんどんに、
 「何を。」と言い返した。
 石井は、三郎の態度なんか眼中にないかのごとく
 「だからさ。わかっているだろ。きっまってるじゃないか。冷たいな。このすけべ。」と相変わらずニタニタしながら、絡んできた。
 「わかんないよ。何なんだよ」と三郎は、そっぽを向いた。
 「コンパだよ。コンパ。」と石井。
 急に三郎は、石井の方を振り向いて、
 「お前、服一着しかないんだって。」と聞いた。
 石井は、「なんだよ、唐突に。失礼な。俺だってよそ行きぐらい持ってるよ。」
 「よそ行きって、それ以外に何着もってんだ。」と三郎。
 「ウーン、よそ行きがあれば、もう一着あればいいだろう。それにパンツは、三枚持っているしよ。」と石井。
 「なんだか、臭そうな話になってきたな。それで、お前、風呂には入っているんだろうな。」と三郎。
 「入っているよ。ちゃんと。金さえあれば、三日に一度は。」と石井。体をぼりぼりかきながら言う。
 「だって、お前いつだって、オケラじゃないか。金なんて持っていた験しないだろう。先だってだって、電車賃まで、パチンコではたいて、下宿まで歩いて帰ったと言ってたじゃあないか。金がなかったら、一週間ぐらい風呂入らないんだろう。」と三郎。
 「まあな。でも、その時は、下宿の洗面所で、体拭くから大丈夫だよ。それに、ふろ入らなくたって死にゃしないよ。それよか、コンパ。コンパ。」と石井が頭をかくとフケがパラパラと落ちてきた。
 「よるなー。あっち行け」と三郎、飛び上がる。

 こうなったら、まとめてやってしまえと、三郎は、みんなを集めた。そうしたら、十人前後の仲間が集まった。「なんだなんだ。野暮が、服、着ているような奴ばかりだな」と公平。
 「とにかくよ。段取りはつけるけど、俺は幹事はやらないからな。それでいいか」と三郎。「嗚呼いいよ。」と声をそろえて皆が言った。
 その前に、三郎は、めぼしい仲間に、「お前よう。コンパやるなら、幹事をやらなきゃ損だ。幹事になれば、相手の幹事と何回も打ち合わせすることになるから、それだけでも、相手の女の子と親しくなるチャンスがある。その上、幹事には、特権がある。自分のやりたいことをやれて、喰いたい物を食える。場所だって、自分で選べるし。とにかく、俺は、やり徳。提案徳にするんだ。それが流儀だ。幹事が決まったら、後の奴は、幹事の言う事に服従する。だから幹事になれ。」と粉を蒔いておいたのだ。それで、皆、あっさり納得した。
 実際、三郎のクラスは、六十人程度のクラスだが、終いには、三分の二程度が、幹事を経験することになる。

 学校では、性教育はしても、愛は教えてはくれないんだ。女の口説き方も、見分け方も、ラブレターの書き方も、学校じゃあ教えてくれないさ。
 人と人との付き合い方も、人間としての在り方も、常識も、良識も、口のきき方も、挨拶の仕方も、そんなもの生きていく上で必要ないと学校では思っているんだ。そんな事は、余計な事だと教えている先生がいるくらいだから。それで学校が荒れても。成人式がメチャメチャになっても、わけわかんないよな。自分達でそうなるように仕向けておいて、教えられたようにしたらいきなり怒り出すんだから、勝手だよね。
 だって、避妊の仕方とか、コンドームの付け方とか、子供の作り方とかは、教えても相手をいたわる気持ちだとか、思いやる気持ちなんて教えないんだからさ。そんなの教えられないし、不必要だって、学校で教えるんだから。
 愛なんて教えられないといいながら、異常性愛や不倫、浮気、不純異性交遊、援助交際、売春、避妊、性病なんかは教えられる。どうなっているんだろう。
 それでいて、純潔、純真なんて教えられないという。責任とれないからだって・・・。じゃあ真面目に悩んでいる子達は、どうすればいいの。悪い情報はいくらでも氾濫しているけど、良い情報は、本当の少ない。悪い情報ばかり流しておいて、その中から、良い情報だけを選べはないでしょう。本当に大人って勝手だよな。それで子供達が悪くなれば、お前達の気持ちは解らないだもの。裏切りだよ。それなら、最初から悪い事は悪いと教えておいてよ。
 この間も、中教審のえらいさんが、道徳だの、歴史など教える必要はない。遵法精神さえ教えればいい。なんて言っていたけどそれってさ、最初っから教育なんてしないって言ってるようなものでしょ。だって肝心な事は何も教えないと宣言したようなものだもの。
 肝心なのは、やり方なんかじゃあない。何がそうさせるかさ。大切なのは、性に対する知識ではない。相手を思いやる気持ち、そう愛さ。愛があれば救われることでも、愛がなければ、絶望的なことがある。なぜ、それを教えようとはしないのか。なぜ、それを教えられないというのだろうか。

 当たり前なことは、当たり前なことだよ。どうでも良いことというけれど、どうでも良いことだから、大変なんだよ。どうでも良いなんて言われたら、誰にも相談なんかできやしない。どうでも良いことだから、悩むんじゃあないか。相談したいんじゃないか。話を聞いて欲しいんじゃないか。

 本音だ、建前だという前に、本当のことを話そうよ。本当のこと。
 実際、大切な事は、本当のところだよ。それでさ。本当のことは一つしかないって俺は思うんだ。
 つまりね。本当のとこは、何が自分にとって大切かに気が付くか、付かないかだと思うんだ。他人にとってではなくてさ。自分にとって何が大切かだよ。大切な人かだよ。その人に対する思いを大切にして何が悪いの。本音も、建前も、へったくりもないさ。
 自分が何を護らなければならないのかを知る事だよ。
 自分で大切なものを打ち砕いておいて、大切な人を傷つけておいて、他人(ひと)を初(うぶ)だ、純だと誹謗(ひぼう)するだけ野暮じゃない。大事なのは、愛する人を思いやる心だよ。セックスなんかじゃない。経験がないことをなぜ恥じる必要があるの。
 大切な人を、大切なものを護れないことこそ恥なんだよ。
 微分積分が解けない事よりも、挨拶ができないことの方が恥ずかしいじゃあないか。それと同じ事だよ。性を知らないことよりも、愛を知らないことの方が恥しい事さ。
 女の体のことは、わかっても、女の心は、わからない。だから、女の体のことは、教える事はできても、女の心は教えられないというのか。それでいて、性教育は難しいは、ないだろう。学校なんてそんなものよ。どうかしている。

 何でも、過程が大切なんだ。結果ばかりを追い求めたって、愛は得られない。なぜなら、愛は、生きている過程に生じるからだ。愛は、結果ではない。愛する行為なのだ。
 受け身でいては、愛は得られない。愛は、受動的なものではなくて、能動的なものなのだ。愛は、自己完結するものではない。相手が必要なのだ。愛する人が大切なのである。自分の想いをただぶつけるだけでは、愛は、成就しない。

 何でも、やり得、提案得、早い者勝ちにする。それが俺の主義だ。何か委せられたら役得があるのが当然じゃあないか。ボランティアでやってるわけじゃあないだろ。とにかく、責任を持たされた者が指示を出す。その指示に参加する者は、従う。従えない奴は、外す。文句のある奴は、最初から加えない。それが、俺達のルールだ。

 何でも、責任を持ってやろうよ。人に言われてやるのではなく、自分から進んでやるんだ。人に言われてからやったって意味ないじゃない。自分の意志でやるんだ。そうでなければ自分で自分の始末がつけられないじゃないか。
 恥ずかしいなんて言ってられないよ。恥はかいても良いから、誇りを持ってやろう。自信も持つんだ。恥はかいて知るものさ。自信はある言えばある。ないと言えばない。生意気と言われても良いじゃあないか。誇りも、恥も、自信もない者が何で人を愛せよう。

 最終的には、集まった連中を三班に分けて、アプローチをすることにした。行きがかり上、三郎は、正太と二人で、総武線沿線の女子大に行くことにした。
 駅から降りて、女子大の前に立つ。都心の女子大だから、校庭らしい校庭はなく。ビルの中にある。そのビルの入り口にいる女子大生に、三郎は、声をかけて見せた。最初に口火を切ったお陰で、いつでも、手始めに三郎はやって見せなければならない。平気を装ってはいるが、何度やっても三郎は、恥ずかしくて厭だった。しかし、他の奴は、三郎の奴がやったからと、妙な度胸をつける。そして、大胆になる。癖にもなる。

 それで、三郎は、声をかけた後、正太のところに戻ってきた。そして、「オイ、お前の番だ。」と声をかけた。正太は、電信柱の陰に隠れて、「駄目だよ。できないよ。」と情けない声を出す。
 「声をかけられないって、しょうがないなあ。それじゃあ少し歩こうか」と三郎が言う。そこで、二人でトボトボと女子大の周りを一周した。そして、最初の、電信柱の陰に来ると、三郎が、「おい、どうする。」と声をかける。
 そうすると、「まだ駄目だ。」と正太が呟く。そこでまた、女子大を一周する。そんなこんなで、女子大を三周ぐらいすると、校門の前にいる、女子大生達が怪訝な面もちで、三郎達の方を伺(うかが)うようになる。
 たまらずに、三郎が、「もういいよ。出直そうぜ。」というと、
 「いやいや、ここで声をかけなければ、一生に悔いを残す。」と正太。そんな大袈裟なことではないんだがなと三郎は、腹の中で思ったが、正太の真剣な顔を見ると何も言わずにおくことにした。
 四周ぐらいしたところで、正太は、意を決したように女子大の方に向かっていった。そして、三郎のところに戻ってくると、さばさばした顔で、「オイ帰ろう」と声をかけた。
 三郎は、感心した。たいしたものだと思った。感動もした。どんな些細な事だって、大切な事はある。その些細な事、小さな第一歩につまずいて、先に行けなくなることだってある。人がどう思うと、越えられない壁は、当人には、高い壁なのである。馬鹿にしてはいけない。
 誰にだって、越えられない壁はあるさ。王選手のようにホームランの世界記録をうち立てる人もいる。でも、たった一本のホームランが打てただけで、王選手が世界記録をうち立てたときのような感動を得る人もいる。どちらの感動が本物なのか。それを問うこと自体馬鹿げているじゃないか。ただ、些細な事に感動できるなんて、そのこと自体幸せなことだけは確かだ。
 三郎は、「オイ、正太。俺には、お前の気持ちが理解できるとはいわない。でも、何かに挑戦しようとしている時、立ち会うことはできる。それでいいか。」と言った。
 「嗚呼、それでいいよ。」といって正太は、コロコロと笑った。

 翌日、二手に分かれた別の斑の連中を引き連れていったヒロミが、
 「お茶の水から歩いて、渋谷まで行って。その間の女子大の全て廻ってきた」と言うのを聞いて、三郎は、絶句した。そして、三郎が、「その連絡先は、どこだ。」と聞いたら、「もちろん、お前のところに決まっているじゃないか」とヒロミに言われて、二度絶句した。


 よく見てみよう。見つめてみよう。
 愛は、相手の全てを受け容れること。
 良い所も、悪い所も、美しい所も、醜い所も。
 愛する事は、美人、美男子にばかり許された特権ではない。
 恋に恋をしている人をよく見るけれど、
 恋に恋しているだけでは、
 真実の愛なんてみつかりっこない。
 愛は、幻ではなく。現実なのだ。
 相手は、生身の人間なんだから。
 時には、傷つけあうこともあるけれど、
 でも、相手を思いやり、お互いにいたわり合う心を失わなければ、
 いつかは、許し合うことができる。
 だから、愛する人がいる奴は、自信に満ちている。
 愛は、希望なのだ。

 百万言、費やしても、愛を表す事は困難だけど、
 人を好きになれば、愛の真実を理解することはできる。

 性を知って、愛を忘れることもある。
 でも、一時の肉欲に負けて、愛を失うのは、愚かすぎる。
 愛は、人を狂わせるかもしれないけど、また、生かしもする。

 愛なんて野暮なもの。格好良いものではない。
 好きになったら、なりふりかまわず、一途に行くしかない。




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