プロローグ


 夏休みが終わった、秋の始め。矢部が、話があるからと、学校の近くの居酒屋に三郎を誘った。
 「この間さ。村田に、お前らも餓鬼だな。良くそんな小便臭い事してられるよって言われちゃた。」と矢部。そう聞くと、三郎が、むきになって、
 「何、言ってやがる。俺だってそんなこと十分に承知しているよ。
 そりゃあ、言われなくったってできる奴は、いいさ。誰の助けもなくたってやれるんだから。でも問題なのは、できない奴じゃないか。
 女の子どころか、挨拶一つできずに、ウジウジしている奴がさ。そう言う奴が、近くで、グタグタしてたら堪らないじゃないか。
 村田は、意気地がないと言うけど、暗闇で歩けと言われれば、誰だって、臆病になるさ。手探り状態になるに決まっているじゃあないか。それを明るいところのように歩く奴がいたとしたら、それは、無謀なだけだよ。大体、意気地がないと言うけど、意気地がないから、夢が必要なんじゃないか。
 恋は、誰だって主人公にしてくれる。どんな不細工な奴だって恋をしていれば、いつだって主人公さ。相手からすれば、ヒーローだし、お姫様だよ。第一そう思い込まなければつまらないじゃあないか。だから、恋愛は、うまくいこうと、いくまいと自信を持たせてくれるんだ。
 世の中、ワルばかしとは限らないよ。ワルも確かにいるけど、大多数は、純情な奴だよ。善良なんだよ。最初から、悪をしようとは思わないさ。たいていは、相手を傷つけようとして傷つけるのではなくて、結果的に相手を傷つけてしまうものさ。でも、故意でなければないほど、段々にすれていってしまう。だから、経験が多ければいいとは、限らないさ。
 口ではなんと言ってもさ。純な奴が多いし、俺は、そういう奴が好きなんだ。女を抱こうと思えば、金さえ積めば、できるかもしれない。
 でもそう言う奴は、要するに、ただ、自分の欲望の捌け口ぐらいにしか、女を思っていない奴はさ。それじゃあ、どんな、女と付き合っても、金で女を買うのと同じなんだ。それじゃあ恋をしたことにはならない。恋愛経験ゼロだ。恋には、手続ってものがある。いきなり、押し倒したら、そんなの恋だなんて言えないじゃあないか。思いやりもへったくりもありはしない。
 安直に手に入れた物は、失うのも簡単なものさ。」という。

 矢部は、ビールを一気に飲むと、
 「皆、お前面倒見が良いって褒めてたぜ。」とぽつりと言った。
 「馬鹿言うな。そう言うのって、やだな。俺は、俺が好きでやっているんだ。そう思わなければやってられるか。だいた、いつだって、そうやって人をおだてるけどに、女の前に出ると、最初に俺を潰す癖に。褒め殺しって奴だよ。
 畜生、面倒見が良いなんて、絶対に、二と度言わせないからな。」と笑いながら三郎は言った。

 「ところでさ。この間、G女子大の前で、例のごとく声かけたんだけどさ。その子から返事はこなかったんだけど。その子、寮の子で、同じ寮生に話しを廻してくれたみたいなんだ。
 それで、話を廻された子からおれんとこに、電話があって・・・・。
 渋谷の交番の前で逢うことになったんだけど、お前、一緒に行かないか。」と矢部が誘った。
 三郎は、小首を傾げて、
 「渋谷の交番前だって。お前、相手と面識あるのか。」と聞くと、
 「ないよ。はじめて合う相手だ。」と矢部、
 「オイ待てよ。渋谷の交番前と言ったら、すごい人だぜ。なにか、目印になる物決めたんだろうな。」と三郎が吃驚して聞くと、
 「大丈夫だよ。いきゃあすぐわかるさ。」と矢部が安請け合いをした。
 大丈夫かなと三郎も一瞬懸念したが、まあ、良いかと、矢部の誘いになることにした。

 約束の日、三郎と矢部は、渋谷の駅前で、雑踏を前にして呆然(ぼうぜん)と立ちすくむ。
 「馬鹿野郎。だから、あれほど言ったじゃあないか。」と三郎。
 「どうすんだよ。これじゃあ、相手が誰か、わからないよ。」と情けない声を矢部があげる。
 「どうするも、こうするも、かったぱしから声をかけるしかないだろう。」と三郎。
 「エー」と言う矢部を後目に、二人組の女の子に声をかけ始める三郎。幸い、二組目の女の子達が目当ての相手だったのだが、二度とこいつらの言う事を信じまいと三郎は、心に誓ったのだった。

 それは、まだ、少女のようなあどけさが残っている女の子だった。その子が、三郎と会った瞬間に言った言葉が「三郎さん、難しい話するんだって。難しい話して。」である。

 なんだかんだ言っても。他の連中は、コンパが終わった後、一斉に走り出す。後も見ずに脱兎のごとく走る。それで、ついつい、三郎は出遅れてしまう。気がついてみると取り残されていることが多い。そこで、三郎は、曽根に言って、何人か、女の子を呼びだしてもらうことにした。そこで、開口一番、言われたのが、これだ。三郎は、言われた瞬間、固まってしまった。

 そして、あいつら、汚ねえ。どうしてくれようかという思いが、頭の中、駆け巡った。まったく、女の話になると仁義もへったくりもない。畜生、ぜっさたいに、二度と面倒見がいいなんて言わせないぞ。そう、三郎は、再確認するのだった。

 どうも、コンパは開けるようになったけど、なかなか、その先に進まない。皆で作戦会議を開くことになった。
 「動機が不純な奴は、手段を選ばないけれど、純な奴は、手段にこだわる。だからうまくいかないんだよ。融通がきかないのさ。不器用なのさ。好きならば、なりふりかまわないことさ。
 あの新興宗教のさえない教祖や、SEX教団のスケベ野郎だって、あんなに上等な女、侍(はべ)らしているというのによ。見るからに怖そうな悪とか、だらしなさそうなすけこまし野郎、あくどそうなペテン師が女にもてるというのによ、何で、お前らがサー。彼女一人できないの。それはサー、まじめに考えすぎるからだよ。奴らはサー。目的を明確に持っていて、手段を選ばないから、何だってできるのさ。お前らは、なまじ、まともだからさ。カッコつけてしまうんだよ。ええ格好しいになるんだ。
 手段を選ばすとはいはないが。もったいぶっていないで、もう少し、柔軟に考えようぜ。
 幸せになりたければ、もっと貪欲にならないと。待ってたって、幸せはこないぜ。なりふりかまわず行くことだ。」と三郎が、皆を見回しながら言った。

 「何言ってやんで、お前だって、まだ彼女できていないじゃないか。えらそうなこと言うなよ。」と高木。
 「なんだと、この野郎。誰だ。三郎は、難しい話ばかりしていると言った奴は・・・。」と息巻く三郎。
 「まあまあまあ。」と矢部。

 「まともすぎるんだよ。だいたい、電話番号、聞いた奴いないんだろ。電話番号、聞いた奴いたら手を挙げろよ。」そう公平が言うと、皆、下を向いた。やっぱりな。情けない奴らだと三郎が思ったら、一人いた。「はーい。」ぼそりと手を挙げた奴が。絶対にあり得ない。いつも、ボソッと片隅にいて、全然目だない。山田が。山田が、電話番号を聞いていた。嘘だろ。この野郎。
 そうだ、格好いい奴よりも、目立たなくても、女が安心して気を許す奴が一番危ない。怪しいのは、癒し系だ。これからは、絶対に隅に置けない。三郎達は、そのことにはじめて気がついたのだった。

 久しぶりに、三郎が、部室に顔を出すと、土木科のカズが、声をかけてきた。
 「よう、待ってたんだ。この間、G女子大の学園祭に行っただろ。そこで、児童文学部の女の子にコンパしないって話持ちかけたじゃないか。あのことで、話があるって、向こうの子から連絡があったんだけど。」
 「フーン、そんな事あったよな。でどこで待ち合わせたんだ。」三郎は、さすがに、街を歩いている子に声を帰るのは、懲り懲り(こりごり)していた。そこで、土木科の連中からコンパのこと頼まれた際、学園祭で、話を付けることにしたのだ。
 「渋谷のハチ公前だよ。」とカズ。
 「ゲッ、渋谷。」三郎。
 「そうだよ。」カズ。
 「ハチ公前。」厭な予感がして三郎が聞く。
 「そうだよ。どうかしたか。」カズ。
 「ハチ公前は、人だかりだぜ、ところで、お前、相手に逢ったことあるのかよ。」と三郎。
 「ないさ。」とカズ。
 「エー、それじゃあ、ちゃんと目印決めたか。」と厭な顔をして三郎。
 それを聞くと、満面の笑みを浮かべて、「大丈夫。バッチリ。薔薇(バラ)もって立っているってさ。」とカズ。薔薇(バラ)。薔薇(バラ)か。それなら目立つし、間違いないなと三郎は、一安心した。

 約束した日。いない。ハチ公前にバラをもって立っているなんて子はいない。
 「お前、ちゃんと約束したのか。」と泣きそうな声で三郎。
 「したさ。おかしいな。どうする。」とカズ。
 「どうするも。こうするも。かったぱしから声かける。」と人待ち顔の子に、三郎は、声をかけ始める。今回もすぐに見つかると三郎は、思っていたが。甘い。見つからない。
 そうこうしているウチに、「オーイ、見つかった。」とカズが一人の女の子を引っ張ってきた。
 「ハチ公の裏に隠れていたんだよ。」とカズ。
 「エー、ハチ公前じゃあなかったの。」と三郎。
 「ううん。ハチ公前で良いの。」とくだんの女子。
 「じゃあ、なぜ」と三郎が聞いたら、その子は、
 「だって、恥ずかしかったんだもの。」




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