プロローグ


 その年の暮れ。三郎は、公平、カズら数人と、反省会を兼ねて居酒屋でささやかな忘年会を催した。その時、三郎は珍しく弱音を吐いた。
 「時々、何やってんだろうと思うんだ。このままで良いのかなって」
 公平は、三郎の顔をのぞき込むようにして、
 「どうした。三郎らしくもない。なに、しけた面してんだよ。パッとやろうぜ。パッと」と景気づけてきた。
 三郎は、苦笑いしながら。
 「この間さ。赤嶺に言われたんだ。お前のやっていることは、独(ひと)り善(よ)がりだって。甘いよって。それで何が甘いんだって言ったら。あいつ、お前は人が良いんだたってさ。続けて言うには、皆、お前を利用しているだけさ。お前に感謝している奴なんて誰もいないって。お前は、ただ自分の言っている事に酔っているだけさだって。
 俺だって、何も感謝される気はないけどな。そこまで言う事ないだろうって思ってな。
 俺は、何してきたのかなって。」
 話を聞いた公平が、「赤嶺は、お前に甘えてんだよ。」といった。
 また、大森が、「あいつは、妙に達観しているんだよ。世の中、わかったふうに思い込んでいる。そのくせ、世の中なめているから、そのうち痛い目に遭うさ。」と公平に続いて言う。
 トシが、「そうそう、自分は、もてている気になっている。しかし、自分が嫌われていることに気がつかないのさ。女を弄(もてあそ)んでいて、自分は、女の事を知ったつもりになっているのさ。だけど何も解っちゃいない。女と寝た数を自慢するけど、何人、女と寝たところで、女の心を理解しているとは限らない。」と相槌を打つ。

 カズが、「三郎らしくもない。気にすんなよ。そう思い込んでいる奴って、赤嶺ばかりじゃあないよ。そう言う奴って、何でもかんでも、自分だけが正しくて、相手の考えは、馬鹿みたいに思っている。誰でも、自分と同じだと思い込んでいやがる。そう言う奴に限って、孤立しているんだけどね。周囲の皆が黙っているのを良い事にして、自分は、皆の意見を代表しているように勝手に決め込んでいる。そして、自分の考えを押し付けてくる。そのくせ、反対される、全人格を否定されたかのごとく、むきになって怒り出す。他人の話を聞いていない癖に、自分の話を聞いてくれないとくってかかる。ただの目立ちたがりやに過ぎない。始末に負えないんだ。だけど、よく聞いてみると、あいつらの言っている事なんて、週刊誌やテレビの受け売りに過ぎない。自分の考えなんてあったもんじゃあないよ。そんなもんさ。底が浅いんだ。考えにも流行廃(はやりすた)りがある。今はさ、フリーセックスだ何のと、ただ、経験すればいいみたいだけど、一頃前は、処女がどうの純潔がどうのこうのと騒いでいた。でも肝心なのは、自分さ。だから、もっと議論をすれば良いんだ。話して話して、自分の考えを確かめるのさ。」と三郎を励ますように言った。

 三郎は、コップにつがれたビールを飲み干すと、
 「俺も、そう思うんだよ。
 みんな、話したいんだよ。でも、誰も自分の話なんて聞いてくれない。そう思い込んでいるし、事実、他人の愚痴話や自慢話なんて、鬱陶しいだけさ。それに厄介なことに巻き込まれたくないもの。面倒くさいしね。人の世話焼いて、恨まれたら損だよ。つまらない。だから、それができるのは、親や兄弟、親戚、そして、友と師だよ。だから、親友、恩師と言うんだ。
 だから、俺は、友達なんて、芥溜(ごみた)めみたいなものさと言うんだ。」と呟くように話した。
 公平が、「難しい話なんてするなよ。屁理屈は言うな。どうだって良いじゃないそんな話。場が白けるんだよっていわれて臆病になってたよな。でも、話たかったんだ。他の連中にはどうでも良い話かもしれないけどよ。三郎だけは、辛抱強く聞いてくれたじゃないか。」としんみりという。
 三郎は、ビールを自分のコップにつぐとまた、一息に飲み干し、
 「しつこいとか、諄(くど)い、鬱陶(うとお)しい、肝っ玉が小さい、うざい、細かい、ねっちこい、粘っこい、神経質すぎるとかいって議論を避けてきた。面倒くさい、厄介だと逃げ回ってきた。でもそれじゃあ駄目だ。誰かが、話を聞いてやらなければ、俺には、そういう想いがあるだ。
 どうでも良いことというけれど、そのどうでも良いことだから、悩むんじゃあないか。一人で考えても埒があかないんじゃあないか。
 辛抱強く聞いてやらなければ・・・。
 それが、無気力、無関心、無責任の三無主義を増長させたんだ。」と話を続けた。

 「先輩達は、ずいぶん議論したみたいじゃないか。俺なんかも先輩に言われたよ。三日三晩徹夜で議論しないと本音が吐けないって。だけど、最近は、真面目に話をしようとしても、嫌がられるばかりだ。しらけるとか言われてね。何でも和をもって尊しだ。三郎と話ができてはじめてだよ、言いたいこと言えるようになったの。それまでは、一人で悶々とするしかなかったもの。」と正太。

 「まるで真剣に悩んだり、まじめに考えたり、思いやりとか、責任感を持つとか、丁寧とか、確実に、ねばり強くとか、辛抱強いとか、我慢強いとか、一切合切馬鹿みたいじゃあない。」と公平。

 「努力をして、手に入れるなんて馬鹿みたいで、楽をして、手に入れればいいみたいだ。蟻とキリギリス、ウサギとカメの話で、蟻と亀は馬鹿で、キリギリスとウサギが利口みたい。それにさ、反体制だの、反権力を気取っている奴とかわさ。まるで、世の中の常識や良識、道徳にしたがってはいけないみたいに洗脳するしね。価値観をグシャグシャにしていて価値観の多様はないさ。」と石井。

 「今、大事にされるのは、結果でしかない。過程が、本当は大事なのにね。結果ばかりが問題にされる。勉強だって試験という結果だけが重視されて、過程はどうでも良いように言われているもの。でも、大切なのは、学ぶと言う事だし、学ぶというのは過程だよ。
 恋愛なんて、もっと過程が重要じゃない。なぜなら、愛に結果はないもの。いつまでたっても過程だけさ。強いて結果を出せば、お終いという事かな。」と三郎は、ため息をついた。


 深く物事を考えないで生きてきた奴。
 軽く考えてきた奴。
 深刻になれない奴。
 周りの人間が馬鹿に見えて仕方ない奴。
 自分だけが特別だと考えている奴。
 世間の人間は、全て、自分と同じだと思い込んでいる奴。
 一度の失敗や挫折で人生を諦観してしまった奴。
 そう言う奴に限って、お前は、甘いんだ。
 お前は、何も解っていやしないと、
 冷ややかに、醒めた口調でお前を叩きのめす。
 でも何も解っていないのはどっちだ。
 わかっていないから、どうなんだ。

 そうさ、何も解ってはいない。
 何も解っていないからこそ、諦めきれないんじゃあないか。

 皆、結構、真面目なのさ。
 深刻に悩んでいる。
 でも、悩み苦しんでいるのは、自分だけだと思い込んでいる。
 口に出せずに苦しんでいる。
 話を聞いてくれる人がいるだけで救われるのに。
 楽になるのに、誰にも話せないで悩んでいる。
 確かに、他人から見れば、些細で、つまらない、大したことでない、くだらないことだけど。
 当人にとっては、深刻なんだ。
 話をするだけで良いんだ。
 少しだけ時間を割いて、話を聞くだけじゃあないか。

 誰もわかってくれない。
 そうやって諦めてしまうから、駄目なんじゃないか。
 そうやって諦めてしまえば、どうしようもないじゃないか。
 どうせ俺なんてと思ったら、後がないよ。
 諦める前に行動をしよう。
 諦める前に必要なのは、決断だ。
 人生は、気迫だ。
 決断できないのは、ただ、一言。未練。
 そして、断ち切れぬ思いを断ち切って前へ進むのだ。
 ただ、一言。未練。それしかないよ。やるしかない。
 その前に、決断するのだ。

 自分の言っている事ややっていることで酔えるなら、それもまた良し。
 安く酔えるのだから良いじゃないか。
 醒ますなかれ。人生の旨酒に酔う者を・・・。

 俺は、他人には、何も、期待しない。期待するなら、自分にしよう。そう三郎は、常日頃から自分に言い聞かせている。自分の力で、自分の未来は切り開くしかない。そう、三郎は確信している。

 カズが三郎に聞いた。「ところで、彼女はできたのか。」
 「アーア、それでも彼女は未だできす。」三郎のため息。
 「やっぱ、お前人が良いよ。」とカズ。
 「他人の性じゃあないよ。チャンスは、あったさ。自分が悪いんだ。」と三郎。
 「じゃあ、何でだよ。」とカズ。
 「要するに、未練さ。我ながら、煮え切らないんだよな。」とまたまた、三郎は大きくため息をついた。
 ハハハハと、カズが大声で笑う。


 そう、あの日は、朝からシトシト雨が降っていた。G女子大のクラブと土木科のコンパの日だ。
 三郎がカズと待ち合わせの場所で話していた。
 「本木の姿見得ないじゃないか。」と三郎。
 「おかしいな、必ず来ると言っていたんだがな。その辺にいない。でも、あいつ、馬鹿にしていたからな。いつも、俺は、女を沢山知っているってさ。」とカズ。
 「本木の奴、おかしいんだ。この間サー。あいつと飲みに行った時、あいつが口にあを当てて話をするから、どうしたんだって言ったんだ。それも妙なしなつくってだぜ。気色悪いから止めろって、そうしたらあいつどう言ったと思う。差し歯、落としたと言うんだ。でも、どうでも良いから止めろって言ったら、口から、手を離してニッタと笑いやがったんだ。そして、差し歯のところ、隙間になっていて、歯、欠けているとどうにも様にならない。だらしないよな。どっちにしてもおかしい。笑い堪えるの大変だった。」と三郎。
 「オイそろそろ定刻だから行くか。」とカズが言い終わらないウチに、
 「時間だぁー。行くぞー。」と本木が物陰から、ものすごい勢いで飛び出してきた。
 「オイ、どうしたんだ。あいつ舞い上がっているぞ。普段言っている事と全然違うじゃあないか。」と三郎。
 「イヤ、あいつだけじゃあないよ。富田、三つ揃いなんて着ているぜ。あいつ普段、スーツどころか、ちゃんとした服着ているの見たことないのに。だいたい、スーツなんて持っていたのかな。」
 「待て。待て。止めろ、止めろ。そいつを止めろ。本木を抑えろ。」と三郎。

 コンパの会場になるお好み焼き屋について、皆が席に着いたのを確認し、三郎は、自分の席にドッカリと座り、「フー」と大きくため息をついた。
 隣に座ったカズが、「富田の奴、ぼくは、だってさ。俺達に一度も僕なんて口聞いたことないのによ。女の前に来ると、全然、態度が違う。」と三郎に話しかけた。
 「それよか、オサム、大丈夫か。あいつ、女の前に出るととたんに毒づく癖がある。特に気に入った女の子の前にすると無茶苦茶言う事あるじゃない。あいつは、冗談を言って受けてるつもりかもしれないが、後始末するの大変じゃないか。
 この間だって、よせばいいのに、急に説教なんか始めやがって・・・。本当に野暮なんだから。」と三郎が話しかけた時、
 興奮した、本木が、ビールを鷲掴みにすると、ツカツカと、富田の前に行って、ビールつぎ始めた。
 「オイオイ。あれじゃあ土木科のコンパになるぜ。」と言ってる傍から、やれ飲めそれ飲めが始まる。可哀相に、女の子は、隅に固まって怯えている。そのうち、本木が鉄板の上にビールをこぼして大騒ぎになる。
 「こりゃ駄目だ。この場は、早く切り上げて、二次会に賭けようぜ」と三郎がカズに言う。カズも了承して、早々に切り上げることにした。

 三郎が、払いを済ませて、外に出ようとすると、出口で、皆、たむろっている。
 「何をやってるんだよ。」と三郎が人をかき分けて前に出ると、本木と数人の男女が、這い蹲(はいつくば)って何かを捜している。よく聞くと、ハ、ハ、ハと呟いている。
 「何やってんだ。」と傍にいたカズに三郎が聞くと。
 「本木の奴、差し歯、落としやがった。」とカズが唸(うな)る。


 「カズ、俺、学校、少し休んで旅に出ることにしたよ。」
 唐突に三郎が言い出したので、カズは、少したじろいだ。
 「旅って。」とカズ。
 「気儘にさ。気のおもむくままにさ。いろんなところ見て回ろうと思うんだ。」と三郎。
 「旅か。」とカズ。
 少し、間をおいて、三郎が、ボソリと「なんだか、自分で自分の居場所をなくしてしまったような気がする。」呟く。
 「三郎、自分の居場所は、自分で作るものだぜ。」とカズ。
 「そうだな。考えてみたら、最初から間違っていたのかもな。」と三郎は苦笑いをする。

 「いつか、きっと逢えるさ。」とカズ。
 「嗚呼、俺もそう信じている。」と三郎。

 「いつかまた、ここで、逢おうぜ。また、ここで・・・。」と三郎。

 自分のことは、自分で決めなければ。
 自分の始末は、自分でつける。
 人の目を気にしていては、何もできない。
 人の性にしたところで、何の解決にもならない。
 目の前にいる人を愛せなければ、愛なんて、幻に過ぎない。
 いくら言い訳をしても、弁解しても何にもならない。
 大体、誰に言い訳をしているの。
 恋は、他人事ではない。
 恋をするなら、なりふりかまわず。
 自分が傷つくことを怖れていては、恋はできない。
 満身創痍になっても、それでも、恋は素晴らしい。 

 恋は、理屈なんかじゃわからない。
 恋は、生身の人間同士の葛藤。
 最後は、互いに、他の人に見せられないところを見せ合わなければ、成就できない。
 最後には、身も心も裸にならなければ、恋は実らない。
 恋は両刃の剣。
 自分だけが傷つくわけではない。
 恋は、相手をも傷つけずにはいられないのだ。
 打ち破れ。古い自分の殻を・・・。
 何もかもうち捨てて、互いに向かい合うのだ。
 自分の一切合切を恋の炎に燃やし尽くし、
 そこから新しい自分が再生した時、愛は、その姿を現す。
 だから、愛は、不死鳥なのだ。

 人生は夢さ。幻のようなものかもしれない。
 だから、虚(むな)しいというのはおかしいよ。
 虚(むなしい)しいというなら、それは、夢を見ないことさ。
 夢であり、幻ならば、自分次第で、有意義にも、無意味にもなるじゃない。

 受け身では駄目だよ。能動的でなければ・・・。

 カズが大学を卒業し、稼業の建設屋を手伝いはじめて数年が過ぎた頃、三郎から手紙が来た。そこには、

 「友よ、俺は、今でもここにいる。今、ここにいる。」と書かれていた。 




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